インドネシア・リアウ州の村落林 ― 内在する課題に取り組む二つのコミュニティ ―

昨年5月、インドネシアの憲法裁判所は先住民が代々受け継いできた慣習林について、住民の権利を保障する裁定(MK35/2012)を下した。慣習林を国有林に含めるとした1999年の第41号森林法を覆すものとして、この裁定は人権派の活動家のみならず多くのメディアや研究者たちから大きな関心を集めたのは言うまでもない。しかしその後の実際的な運用はと言うと、関連する地方条例や政府規則は依然通達されず、一向に進んでいないのが現状だ。管轄する林業省への不満は多くの識者の間で高まっている。そうした批判の矢面に立たされているズルキフリ・ハッサン林業大臣はNGOのインタヴューでつぎの趣旨のことを述べている―(慣習林運用の細則をつくるより)村落林のシステムを使う方がはるかに容易だ。国有林として位置づけられている村落林だが、先住民にも管理できるのだから

とは言うものの、村落林が住民たちにとって容易に申請登録できる法律スキームかというと実態はまるで違う。2013年12月現在で正式に登録された村落林はインドネシア全国で延べ面積が153,100ヘクタール、26ヵ村に過ぎない。いまだに、机上の空論といわれても仕方のない状況だ。村落林の登録行政の遅延についてはこれまで、地方政府の林業局役人のキャパシティの不足、決定的な予算不足、申請手続きの複雑さ・煩雑さなど多くの問題点が指摘されてきた

一方、当事者である村ではどのような問題があるのだろうか? 村落林の申請プロセスやコミュニティ内部の合意形成、登録後の管理計画と実施方法など、以下は今年3月に現地で視察したリアウ州における村落林の現況レポートである。

■セガマイ(Segamai): 登録後の村落林管理計画の策定と実施に伴う課題

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3月に入って深刻化したスマトラ島東部の森林火災は、雨期にもかかわらず被害面積を広げ、3月末までにリアウ州だけでおよそ2万ヘクタールの森林、プランテーション、泥炭地を消失させたという。4月7日の発行のAntara Riauのウェブ版ニュースによれば、これまでに116件の放火容疑者が逮捕され、PT Nasional Sagu Primaというサゴ植林企業1社が調査を受けている。深い泥炭湿地を擁するカンパール半島では、ちょうどJATANがセガマイ村の村落林に入る直前に、国家防災庁(BNPB)を中心とする特別編成対策チームが活動をはじめたところだった。<放火容疑者は見つけ次第発砲せよ(shoot on sight)>という国家警察長官の命令を帯びた捜査員の強制的な摘発活動が、地元の住民や農民たちに強い警戒心と不安を抱かせるような事態となっていた。セガマイ村とセラプン(Serapung)村は二つの村落林を併せた4,000ヘクタールについて、昨年3月に林業省から正式に村落林の登録(No. 154 dan 155/Menhut-II/2013)を認められた。今後2年以内に管理計画を県長(Bupati)の推薦を受けて州知事(Governor)に提出し承認を得なければならない。3月に村を訪問した際に、村落林管理委員会(Kelompok Pengelola Hutan Desa:KPHD)のメンバーが将来計画について議論するミーティングにオブザーバー参加させてもらった。

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議題の一つは村落林境界線の管理である。2年前に筆者がセガマイの村落林にアクセスを試みた際、APP系のサプライヤー、PT. Mitra Hutani Jayaの広大なアカシア植林とカナルに阻まれて断念するしかなかった。アクセスの困難な状況は変わっていないが、登録後は特別に会社側に許可を取らずにコンセッション内を通過できるようになったという。東側に隣接するセラプン村の村落林にはカナルが通っていて、海岸から誰もがアクセス可能なロケーションになっている。実際、このカナルを利用して外部の人間が森に入り込み違法な伐採をしているところを目撃したことがある。ならばこのカナルをブロックしてはどうか? ― メンバーから提案は出たもののなかなか具体策までたどり着けない。西側は、昨年5月にエイプリル社の関連企業、PT Gemilang Citra Nusantara(GCN)が取得した「生態系復元コンセッション(ERC)」と境を接しているが、両者立会いによる境界線の策定はまだされていないという。

もう一つの議題は、村落林管理による村の経済活性化だ。村落林では自生種の再植栽が認められている。BPDAS(林業省流域管理局)からゴムの自生種ジェルトゥン(Jelutong)の苗木などをもらう予定だ。商業的価値の高い樹種の育成はコミュニティ全員が期待するところだが、ただ、半島全体が深い泥炭地であることを考えると植栽地の選定や育成技術の入手など、課題は少なくない。そもそも2千ヘクタールの村落林だが、生態系保全に必要なモニタリング調査の実施さえまだKPHDの中で議論がはじまっていない。登録エリアでは昔伐採事業(HPH)による択伐が行われていたが、その8割には健全な森が残されている。管理計画の策定までにはこれからやるべきことは多く残されている。

■ケナガリアン・パンカラン・カパス(Kenagarian Pangkalan Kapas: KPK)

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KPKは西スマトラ州と境界を接する、リアウ州カンパール県カンパール・キリ郡に位置する。KPKは西スマトラ州のミナンカバウ人によるナガリ(Nagari)と呼ばれる慣習法コミュニティの集合体である。パンカラン・カパス(Pangkalan Kapas)にあったゴム農園が拡大するなかで人口が増えて新しい3つの村が誕生したという。現在は四つの村がKPKを構成している。それぞれの村が管理する村落林をつなげた6,715ヘクタールで国による登録の申請を進めている。

ゴム園の経営と豊かな自然
クルマでのアクセスが可能な町からバイクに乗り換えておよそ2時間。起伏の激しい山岳地帯を抜けるとゴム園らしき木立が目に入ってきた。4つの村は一か所に集中しているわけではなく丘や河を隔てて散在する。村どうしの行き来もバイクがないとかなりの距離を歩かざるを得ない。KPKの主な生計手段は住民の9割が従事しているというゴムの収穫だ。村の内部ばかりでなく、傾斜の大きな、居住区から離れた丘陵部でも住民たちが粗放的に管理するゴム園が広がっている。カンパール河の源流のひとつにもなっている豊富で良質な水資源がゴム園の安定的な収穫を支えている。ただ、近年は、村にやってくるバイヤーの買値が下がっているという。KPKはその南側を1982年に指定されたリンバン・バリン鳥獣保護区(Rimbang Baling Wildlife Reserve: 136,000 ha)と接している。リンバン・バリン保護区はスマトラトラ、ヒョウ(Macan tutul)、タピール(Tapir)、シアマン(Siamang)などの希少動物が生息し、ブキ・ティガプルー国立公園と並んでスマトラ島中部の貴重な自然生態系を残している(ただ、最近ではその生態系も破壊の脅威にさらされているという)。このエリアに数十はあるという野性味に富んだ滝、急峻な山岳地と豊かな熱帯林は自然の荘厳なパノラマ風景をつくりだしている。エコツーリズム発展の大きなポテンシャルを備えているといえる。

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西スマトラ州のパヤクンブ(Payakumbuh)からバイクで2時間の山岳地帯の険しい道のりは、KPKを外界から遠ざけるのに十分だ。橋や道路など基本的なインフラ整備で行政のサポートは非常に限られているために、大雨の出水時には唯一のアクセスさえ滞ってしまう。生活物資の搬入にも事欠くことがあるという。また、外部からの開発圧力も押し寄せている。昨年、PT. Buana Tambang Jayaという石炭採掘企業が調査の視察でコミュニティを訪問し、アダットリーダーであるニニママ(Ninik Mamak)数名と会合を持ったと聞いた。会社はまず、探鉱の許可を政府に求めているということだが、もし許可が下りてしまえば村落林登録のインセンティヴが一挙に減退してしまうだろう。また、KPKから山脈を隔てた東側にはすでにいくつかのパルプ用植林造林権によるアカシア植林が広がっている。企業による土地収奪の脅威はこの奥深い山岳地のコミュニティにとっても無縁ではないのだ。村落林の登録によって、豊かな自然を住民たちによる自主的な管理で維持していきゴムの付加価値を高め、エコツーリズムを興して新しい経済的な仕組みを確保することができる。これがKPKの若者たちが考えているコミュニティ発展のシナリオだ。

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住民参加型マッピング
今回JATANがこの地域を訪問する際に、村落林の申請プロジェクトで協働しているミトラ・インサニ財団(Yayasan Mitra Insani: YMI)のメンバーに同行してもらった。YMIの目的はこれまでに住民たちと行った、村同士の村落林境界線画定のための住民参加型マッピングの結果を伝えることだった。会場のクブン・ティンギ村のモスクには数名のニニママ、各村の行政幹部、村落林申請の原動力ともいうべき青年層など70名ほどが集まった。コミュニティが地理情報システム(GIS)を使ったマッピング結果を目の当りにするのはこの日が初めてなのだ。当初はYMIへの感謝や村落林の意義を語る発言があったものの、4つの村のマッピング結果が出そろったあたりから喧々諤々の議論に発展。「自分たちは参加型マッピングに呼ばれてもいなかった」、「最初にできた自分の村(パンカラン・カパス)の森が新しくつくられた村のタンジュン・プルマイ(Tanjung Permai)のそれよりも小さいのはどうしてだ?」、「そもそも行政府から示されている面積と比べてKPKの面積が小さくなっているのはおかしい」…。リアウ州の遠隔村で村落林を進めるプロジェクトをいくつか経験したが、コミュニティ内部の境界線をめぐる内紛はめずらしいことではない。しかし、この課題を乗り越えられない限りコミュニティの成員が結束して政府に対して申請作業を推し進めることなどできないのは自明である。モスクでの白熱した議論が一時間ほど続いたのち、YMIのアンディの言った言葉が印象的だった―「ファシリテーターの自分ができるのはここ(参加型マッピングの成果発表)までだ。境界線をめぐる利害対立はみなさん自身で解決してもらうほかはない。自分はどのコミュニティ、勢力にも与するものではない」。

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村落林の申請単位は「村(desa)」なので、四つの村は基本的には個別に申請手続きを進める必要がある。境界線問題をはじめ、コミュニティ間での地縁・血縁をめぐる対立がある一方で、ナガリの慣習法によって統治されてきたKPKには高い自治能力という特質がある。村落林管理の組織化では、伝統的な統治体制のメリットが活かされるのではないかという期待がある。実際、西スマトラのソロク(Solok)では、ナガリの伝統的な自治組織を中核とする管理委員会が村落林のスキームを手に入れてコミュニティの経済的な発展につなげている成功例が存在している。

◆JATANの「村落林」申請プロジェクトでは、財団法人トヨタ財団アジア隣人プログラム
および公益信託地球環境日本基金から助成金のご協力をいただきました◆

※この記事はJATAN News No.98からの転載です。